はじめに

こんにちは!しばちです。
最近、自分の内面について考える時間が増え、自分の過去を振り返ってみたいと思うようになりました。
このブログは、その気づきを記録するためのものです。
この記事では、私が経験してきた家庭環境や学校生活、人間関係の悩み、そして摂食障害についてお話しします。
同じような環境で苦しんできた方に、「私も同じ」と共感してもらえたり、「こんな人もいるんだな」と安心してもらえたら嬉しいです。
そして、今辛い思いをしている方に、「悩みながらでも、なんとか乗り越えられるよ、前に進むことができるよ」というメッセージを届けたいと思っています。
長い記事になるかもしれませんが、どうぞ最後までお付き合いください。
私の幼少期
私は、幼少期から人見知りで、知らない人しかいない空間が苦手でした。
幼稚園では、他の子から嫌な言葉を投げかけられたこともありましたが、鈍感だったのかあまり気にせずに過ごしていました笑。
今振り返ると、それが幸運だったのかもしれません。
知らない人しかいない空間に行くことになると、泣き出して、親にひっついて結局行かないということもありました。
幼稚園のように集団生活が必要な環境は、当時の私には合わなかったのかもしれません。
小学生時代
1〜4年生の頃
小学校に入っても控えめな性格は変わらず、新しい友達を作るのに勇気が必要でした。
それでも、2年生になると明るさを取り戻し、初めて親しい友達ができました。
小学1年生から入った学童では遊びを提案したり、中心になって遊びを進めることもありましたが、ある日「自分勝手」と言われた経験が私の心に深く残りました。
それ以来、「自分はリーダーには向いていない」と感じ、リーダーをすることに対して自信を失うようになりました。
5〜6年生の頃
小学5年生になると、友人関係に大きな変化がありました。
小学2年生から親しかった友人と、新たに2人が加わり4人グループで過ごすようになりました。
しかし、新しい2人とは性格が合わず、家庭にも居場所がなかった私は本当の自分を抑えながら付き合っていました。
さらに、クラスメイトの1人から執拗に付きまとわれるようになり、恐怖を感じるほどでした。
「やめてほしい」と伝えても止まらず、最終的に「ストーカー辞めて」と強く言ってしまいました。
その言葉が彼女を傷つけたかもしれませんが、私も限界だったのです。
この出来事の後、私は友人たちから仲間外れにされるようになりました。
具体的には、私が休んだ時に、学校のグループワークのチームから省かれていました。
その後、小学2年生からの親友も含む3人から「今のしばちは嫌い」「言い過ぎだ」「私たちがしばちを仲間はずれにした記憶はない」などと書かれた手紙を受け取りました。
その内容は一方的に私を責めるものでした。
友人関係では、3対1のような構図にされ、家庭でも疲れていた私は、家に帰った後に一人で泣きじゃくる日々が続きました。
そんな中、幼稚園時代からの幼馴染が「一緒にいよう」と自分のグループに入ってと声をかけてくれました。
その優しさのおかげで、学校に通い続けることができました。
中学生時代
1年生の頃 救いの友からの裏切り
中学校に入学すると、小学校時代に私をいじめから救ってくれた友達が、今度は私をいじめる側になりました。
「嫌いな人がいる。それはしばち」と直接言われた時、信じていた友達からの突然の裏切りに強いショックを受けました。
その友達ともう1人は、私に「しゃくれ」「学校に来るな」と書いたメールを送りつけるようになり、登下校の際も避けるようになりました。
ある日、下校中にその2人が私から逃げるように走って帰る姿を目撃した時、心の奥で何かが崩れるような感覚を覚えました。
それでも、家では親に「学校に行かない」というと、「学校に行け」と強く言われ、逃げ場がありませんでした。
嫌々ながらも学校に通い続けましたが、日々心が削られていくのを感じていました。
2年生から3年生 部活とクラスでの嫌がらせ
私はテニス部に所属していましたが、部活では人気のある先輩とペアを組んだことから、他の先輩たちの嫉妬を買いました。
「大嫌い」「ムカつく」と言われたり、ラケットでボールをぶつけられることもありました。
クラスでは、給食中に少し笑っただけで「勝手に笑うな」と嫌味を言われたり、「気持ち悪い」と言われたりすることが日常的にありました。
学校ではどこにも安心できる場所がなく、精神的に追い詰められる毎日でした。
家庭の支えもなく、不登校寸前に
中学3年生の時、私は学校のカウンセリングに通っていました。
カウンセラーさんに「ずっと悪口を言われているような気がする」と相談したところ、通院を勧められました。
そのことを母に伝えた際、「精神科になんて行ったら人生が終わる」「高校に行けなくなる」と言われ、その日からカウンセリングに通うこともやめました。
この出来事以降、正直な気持ちを話す場所が完全になくなり、悩みや感情をすべて自分の中に抱え込むようになりました。
家庭環境も不安定で、学校に行くことがさらに辛くなった私は、次第に部屋に引きこもる時間が増えていきました。
ある日、両親が部屋に来て「学校に行かないなら働かせる」と言い放った時、深いショックを受け、「もうここにはいられない」と家出を試みました。
しかし、携帯電話も持っておらず、行くあてもなかった私は、結局家の前に戻りました。
その時、学校の先生に見つかり、母親も交えて3者面談をすることになりました。
この出来事をきっかけに、誰も自分を理解してくれないと感じるようになり、自分の存在意義を見失っていきました。
私はただ「学校に行きたくない」「ありのままの自分を認めてほしい」と願っていただけでした。
それなのに、「学校に行けば部活で県大会に行けるかもしれない」と、学校に行くことだけが価値のあることのように言われ、本当に傷つきました。
自分の気持ちが完全に否定されているようで、耐え難い日々でした。
家庭環境について
幼少期の家族の姿
私は両親と3人で2階建ての一軒家に住んでいましたが、家庭は安心できる場所ではありませんでした。
父は酒を飲むと暴れ、母が止めようと叫ぶ声が夜中に響き、その声で目が覚めることが頻繁にありました。
私は怖くて涙を流しながら震え、再び眠ることもできませんでした。
小学校低学年の頃、父が愛用していたガラス製のビールグラスを割ってしまったことがあります。
泣きながら謝った私に対して、父は無言で頷くだけでしたが、その表情に「また暴れるのではないか」と恐怖を感じ続けました。
父親の暴力と家庭の崩壊
その後、父がコンビニエンスストアの経営を始めました。
母はそれをサポートするために好きだった仕事を辞め、店員として働きました。
しかし、父は母に対して「お前のせいだ」「ふざけるな」と罵声を浴びせるようになり、家庭内の雰囲気はさらに悪化しました。
父は夜中に酔って暴れることもあり、ドアに穴を開けたり、テレビを壊してしまったこともありました。
それでも、家庭内のことは外に漏らしてはいけないという暗黙のルールがあり、誰にも相談できませんでした。
私にとって家庭は恐怖の象徴でした。
このストレスから私は過食に走り、食べることで気を紛らわせるようになりました。
この頃から体重が増え始め、体の変化に対する不安も加わりました。
両親の別居と新たな生活
最終的に、母と父は別居することになり、私は母と暮らすことになりました。
その後、両親は離婚が成立し、現在は父が家にいないため、ようやく怯えずに暮らせる日常を取り戻しました。
高校生時代
摂食障害に悩まされる日々
幸いなことに、高校に進学してからは、中学時代の知り合いがいない環境だったため、人間関係には恵まれました。
そこで、一生仲がいいんだろうなと思える親友もできました。
しかし、家庭環境の影響でストレスが蓄積し、過食が次第にエスカレートしていきました。
コンビニで2000円以上のお菓子を買い込み、部屋で1〜2時間のうちに食べ尽くすという行動が日常的になっていました。
最もひどい時には1回で6000円分のお菓子を食べたこともありました。
また、夜中の3時まで泣きながらお菓子を口に詰め込んでいたこともありました。
そんな生活を続けるうちに、1年で体重が8キロほど増え、母や祖母から「太った」と言われるようになりました。
その言葉にショックを受け、1週間サラダだけで過ごすなど無理なダイエットを試みましたが、結果的に過食が悪化してしまいました。
本当は中学生の頃から軽音楽部に入りたかったのに、父から「運動部の方がいいんじゃないか」と言われ、また怒られるかもしれないという怖さからテニス部を選びました。
このように、高校時代も親の期待に従う生活が続いていました。
過食や家庭環境に悩まされていましたが、高校時代になっても家庭環境については誰にも相談することができませんでした。
中学時代の経験からか、「親の言うことに従わなければならない」という気持ちが強く、相談しようにもその勇気が持てなかったのです。
大学受験失敗
大学受験に関しても、親の意見が強く影響していました。
「親のお金がないから」「文句を言われるから」といった理由で、自分の希望を諦めたり、自信がないことから何にも踏み出せませんでした。
親が文系であるため、「理系の方が定職に就きやすい」と言う固定観念から、理系の学校を選びました。
食品学を選んだのは間違いではなかったのですが、本当は、摂食障害に悩む人たちを助けたいという思いから、食品や栄養について学びたかったのです。
そのため、本来の希望と選んだ大学は違っていたと思います。
理系の学問が得意でなかったにもかかわらず、親の期待に応えようと、国公立大学に進学しなければならないというプレッシャーに追い込まれ、趣味も遊びも犠牲にして勉強に専念していました。
しかし、その合間にも過食が止まらず、ストレスが増す一方でした。
結果的に、志望していた国公立大学には合格できず、滑り止めの大学にも落ちてしまいました。
最終的に、あまり行きたくない大学に後期試験でなんとか合格しました。
浪人を考えましたが、もう親に迷惑をかけたくないという気持ちと、受験に疲れ切っていたため、現役で進学することを決めました。
その時、私は絶望していました。
なぜなら、国公立大学への進学が叶わず、親の影響で自分のやりたいことができなくなるのではないかという不安に苛まれていたからです。
国公立大学に進学すれば、親から離れて一人暮らしをし、親の影響を受けずに自由な生活が送れると思っていたのに、それが叶わなかったことが地獄のように感じました。
大学生時代
大学時代の葛藤、不安障害による影響
大学生になったら、勉強やサークル、留学、恋愛など、自分の好きなことができると思っていました。
しかし、大学に進学すると、コロナ禍に突入してしまいました。
中学生の頃から憧れていた軽音楽系サークルに参加することや、留学の夢も叶えることができず、さらにストレスが積み重なっていきました。
そのように積み重なったストレスの影響なのか、大学3年生の時に不安障害を発症しました。
日常生活では「飛行機が落ちてくるかもしれない」「ミサイルが落ちてくるかもしれない」という恐怖に襲われ、外出すること自体が怖くなりました。
電車やバスに乗ると心臓が激しく鼓動し、大量の汗をかくなど、生活に支障をきたすようになりました。
大学3年生というと、就職活動というとても大きなイベントが待ち受けている時期でもあり、そのストレスも一因だったのだと思います。
そんな中、大学側から配慮をいただき、卒業研究は実験を行わず、ほぼオンラインで進めることができました。
最終的には、月に一度、パワーポイントを使って教授と1対1で卒論のやり取りを重ね、卒論を提出しました。
その後、教授からフィードバックをもらい、卒論発表を行う形で、なんとか4年間で卒業することができました。
あの時の私は本当に追い詰められていたので、感謝の気持ちを表す余裕もありませんでしたが、大学時代の教授方には心から感謝しています。
恋愛での苦悩
また、大学時代には初めて彼氏ができました。
しかし、付き合って3ヶ月ほどで突然相手が音信不通になってしまいました。
とても辛かったです。
自分に価値がないからこうなったのではないか、私のせいでこうなったのではないかと思い詰めてしまいました。
音信不通になったのは相手の事情であり、自分ではどうしようもないことだったにもかかわらず、自分を責め続けました。
その結果、「誰からも愛されないのか」という強い感情を抱えるようになりました。
現在
今は、同期をはじめ、素敵な人たちに囲まれています。
私を理不尽に否定することなく、個性を尊重してくれる人も増えました。
ただ、私は新卒で2ヶ月間休職していたことがあります。
おそらく、まだ過去の影響が残っており、「人に迷惑をかけてはいけない」という思いから、すべてを抱え込んでしまったことが原因のひとつだと思います。(環境的にとても忙しい部署に配属されたことも影響しているかもしれませんが、、、)
現在は復職していますが、それでも日々悩むことがあります。
例えば、
- 質問することが怖い
- 自信が持てない
- 自分を受け入れられない
- 大人数の飲み会が苦手
- 若干、男性に対する苦手意識がある
- 親密感への恐れ
- 無価値感
このような思いを抱えていると、生きづらいなと感じることが多くなり、どうしても「克服しないと!」と焦ることがありますよね。
でも、最近は「生きているだけで充分なんだ」と気づけるようになりました。
質問しなければならない場面は今後もあると思うので、この考えを緩めていかなくてはならないと感じていますが、過去の傷を抱えたままでも、就職して休職しても、今こうして何とか働けている自分を誇りに思います。
以前は「こんな自分じゃダメだ」とネガティブな面ばかりを見ていたのですが、最近は自分のネガティブな部分もニュートラルな部分も振り返り、毎晩ノートに記録しています。
そのおかげで、「全然大丈夫じゃん」と自分に対して前向きな気持ちを持てるようになりました。
過去の記事でそのような日記の書き方も紹介していますので、興味があれば参考にしてみてくださいね。
人生を振り返って今思うこと
我ながら、23歳にしては壮絶な人生を送っているなぁと感じることがあります笑。
だからこそ、よく「落ち着いているね」とか、「まだ23歳なのに」と言われることも多いです笑。
まずは、この現在の自分を受け入れてあげることから始めたいと思います。
これがなかなか難しいんですよね。
過去の自分の環境を振り返ると、ダメ出しをしてでも、自分を奮い立たせて生きていくしかなかったんだろうなと思います。
自分に優しい言葉をかけることって、アダルトチルドレンの方にとっては特に難しいことだと思います。
でも、優しい言葉がかけられなくても大丈夫です。
まずは、少しでも自分を大切にする方法を見つけてみましょう。
たとえば、自分の好きな音楽を聴く、好きな匂いを嗅ぐ、好きな服を買う、好きな食べ物を食べる、好きな飲み物を飲む。
そういった小さなことから、自分がどうしたいのかを感じ取ってあげることが大切だと思います。
私自身も、人には優しさを向けられるけれど、自分に対してはそれが難しいと感じることが多いです。
それでも、少しずつ自分にも優しくなれるようにしたいと思っています。
無理のない範囲で、一緒にやっていきましょう。
ブログを見てくださり、ありがとうございました。